Columnコラム

2015.02.16
パチ屋の中心で○○と叫んだケモノその①
ジャス子の父親はパチンコ大好きである。

一応サラリーマンではあったが、一ヶ月の給料30万をスッてくるという事が一度や二度程ではなく、割と頻繁にある事だった。
そんな日の夕食は白飯1杯とおかずは水で戻した切干し大根に醤油かけただけとかザラであった。今の時代では考えられない夕食である。

(※あくまで昔の話でありそういう幼少時代であり、ジャス子個人の見解でのお話です。現在では各ホールではのめり込み注意やカウンセリング電話番号書いたポスター貼ってあります。ネタとして読んでください)



母親、祖父母のおかげで何とか学校に行かせてもらい、誕生日は小さいながらもケーキを買ってくれたり、人並みの生活は何とか経験する事が出来たが、中学生の多感な時期のジャス子は、パチンコが嫌いで嫌いでたまらなかった。
何故親父はそうまでしてパチンコに没頭するのか。
毛嫌いする反面、その「ハマる」理由が気になりだしていた。

高校3年の時、希望の学校に推薦合格が早々に決まっているジャス子はヒマを持て余していた。
車校に通う同級生を見て、
「いいな〜。今のうちに免許でも取ろうかな。赤いBMWとか乗り回すオシャレ学生とかカッコイイ!サブカル女子ぽーい」とかホザきながら夢見ていた。

そんな時である。

一個上の先輩達、大学生の男女数人と部屋で遊んでいる時、積み重なっているパチスロ雑誌に目がいった。
確かその表紙には、名機「アラジンA」、「獣王」や「ミリオンゴッド」の攻略法!立ち回り方!!とか何とか書いてあったと思う。何気なしパラパラ読んでみる。......ゴチャゴチャしてて訳の解らない言葉ばかり。設定??機械割??よく解らないけどTVゲームの攻略本に似ているなという印象だった。
そんな私を見て1人の先輩が
「よし!今からみんなで打ちに行こう!」
と、無理矢理連れ出されたのがジャス子にとってパチ屋に入った最初の一歩であった。
(3.4歳ぐらいに親父の膝の上でパチンコ打ってる記憶もあるが、現在は18歳未満の入場は固く禁じられております。)


まぁ、なんやかんやで5人ぐらいでスロットをノリ打ちである。
しかしバイト代もろくに入ってないJKの財布では勝負できず、(というよりお金の入れ方すらわからんかった)
結局先輩の打つアラジンをひたすら眺めているだけだった。

しかし密かにジャス子は店に入った時ものすごくドキドキしていたのを覚えている。
何か...こう、大人だけが許されたこのタバコ臭い空間でガラ悪そうなお客さんばかり...静かに大人の階段を登っていく感じ。男子と初めて手を繋ぐ時よりも遥かに大きい鼓動に自分自信戸惑いすら感じていた。
この日は興奮?のあまりよく覚えていないが(ルールもわからんし)、とりあえず先輩のアラジンは夕方から行って閉店までメダルが絶えず出続けていた。ドットのラクダがペコペコ出てくるのが可愛いかった。

そして閉店し、勝った先輩のあの超笑顔。アレはハッキリ覚えている。
「よしゃー!みんなで寿司食い行ってパラパライベント行こやー!奢ったるわー」

......この日からジャス子のパチンコ業界への歯車が強制的に回り始めたのである。
所詮、○○のDNAからは○○になる運命から逃れられないのであった。。。